ゲストハウス開業の理由

Pocket

(夫blog)自分たちが海外生活経験者

私(夫)は学生時代をアメリカで過ごし、妻はオーストラリアでのワーホリ経験者です。転職もしていますが、どの仕事も英語力や海外生活経験を買われてのものでした。二人とも長い期間、英語での生活や仕事を経験していました。

プライベートと仕事の両方を通して海外との関わりをたくさん持つ中、ボンヤリとした考えがぼくの中には浮かんでいました。今からもう10年ほど前、2007年頃のことです。

「日本に来る外国人の手助けになるようなことがしたい。」

どんなことであればそれが実現できるのか。どこかに雇われるのか。自分でやるのか。具体化したものは何もありませんでしたが、ただ漠然とそう思い始めていました。

妻も、その時点では何も思い描いてはなかったと思いますが、その考えには同意していたと記憶しています。

さよなら東京!さよならサラリーマン!

2008年、ぼくは東京にいました。大阪から東京へ転勤になり、3年が経っていました。

かなり、くたびれていました。

会社という社会、人をペロリと飲み込んでしまいそうな大きな東京社会の中で、ぼくは前を向いて生きていく自信を失っていました。(元々わがままで、適応力がないだけかもしれません。笑)

とにかく、大阪に帰ろう。

付き合っている彼女(今の妻)とは大阪との遠距離でした。

東京に来てもらって、二人で新しい生活を始めるという選択肢もありましたが、東京から逃げ出したい気持ちの方が大きくなっていきました。

ここではどうでもいい話ですが、思い出作りのために「自転車」で帰ることにしました。東京ー大阪、5泊6日。全行程中4日間雨が降ったこの旅は、今でも色濃くぼくの記憶に残っています。大阪に着いた時にはいろんなものが雨とともにキレイに流れ落ち、大きな気持ちのリセットになりました。

バイバイ東京!!いい経験をありがとう!!

東京生活に終止符を打つ決心をしたのと同時に、ぼくはサラリーマンを辞めてみる気持ちも固めていました。

バイバイサラリーマン!!本当にいい経験をありがとう!!

バックパッカーでした。

夫は元バックパッカー、妻もそれほど多くはありませんが、海外には行っていた方だと思います。

世界一周やったとか、インドで2年住んだ、とかいう人たちが私が若かった頃は結構たくさんいたように思います。
今でもそういう方はたくさんいるのだとは思いますが、社会全体として単なる旅行ではなく "過酷な旅" や "海外生活" がもっと当たり前に存在していたような気がします。

そして、ぼくがバックパッカーという旅行のスタイルを当然のこととして考え始めたのは、この人たちが絶対的なきっかけでした。

猿岩石。

90年代半ば、当時社会現象的な人気を博した「進め電波少年」。今の時代では放送できないような、企画さえできないようなチャレンジを週末のゴールデンタイムに放送していた伝説のテレビ番組です。

今の若い方も、有吉が昔やっていたヒッチハイクの旅、ということで聞いたことはあるのではないでしょうか。

猿岩石の二人が香港からイギリスを目指して大陸横断ヒッチハイクをするという、それはそれは壮大でおもしろい企画がありました。
 
インターネットはなく、携帯も普及していない時代です。

彼らは一体どうなってしまうのか。。。当時18歳の私は、毎週テレビにかじりついて見ていました。

旅のなかで彼らはケンカをし、失敗を繰り返し、人との出会いに涙し、ボロボロのみなりでドンドン成長していきました。

ヤラセだ。

どうせテレビだ。

あまりの内容に、いろいろな憶測も飛び交い、批判もあったかと思います。

しかしぼくは彼らが置かれている状況に、憧れました。

「いつかこんな旅をする。ヒッチハイクもやったる。」

ぼくにとって、"旅"  との出会いは、"猿岩石" でした。なので今でも有吉をテレビで見ると、あの頃の思い出がたくさん戻ってきます。

メキシコの安宿

旅人としての経験は豊富な方ではありませんが、アジア、ヨーロッパ、アメリカ、南米、いろんなところにいきました。そしてぼくのバックパッカーとしての本拠地は、

メキシコです。

アメリカで学生をしていた頃、国境に近いサンディエゴという街で暮らしていました。3年を超える留学期間の中、長い休みには毎回メキシコのどこかにいました。スペイン語のトレーニングも兼ねていましたが、とにかくメキシコでの旅が楽しかったんです。アメリカで過ごすと何かとお金もかかるので、ある意味節約も兼ねていたかもしれません。笑   メキシコに行っているときは、大体1日1500円くらいで生活していたと記憶しています。もっと安く済む日もありました。宿泊費、食費、移動費などもろもろ込みです。

安い!うまい!楽しい!近い!

ぼくにとっては全てを兼ね揃えている国でした。

バックパッカーをしているので、もちろんホテルには泊まりません。行くところ行くところでいろいろな安宿に泊まりました。メキシコでは、

"Hostal オスタル"

といいます。

宿泊施設での思い出は、なぜか記憶の引き出しの浅いところにあって、すぐに思い出すことができます。

家族で経営されているところもありました。

子供がいたところもありました。

「ぼくもやってみたい。」

メキシコでの思い出が、心のどこかで "宿" という種を育てていたのかもしれない。

今となってはそう思います。

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA